自分らしく生きる為には何があるのか

薬物離脱との闘いの日々の中、人をサポートし続ける共依存という新しい生き方をしてる任侠女のつぶやき。

現在、個人でグループミーティング主催中。
民間団体目指して、クラウドファンドの利用を目指してます。

addict catサポーターとして証言台に立つ

昨日、私addict catがサポートして来た人間の高裁控訴審の証言台に立ちました。


薬物で高裁?

って思われるかもしれませんね。


理由は最初の弁護士の職務怠慢。

本人からの聴き取りしかり、サポーターからの聴き取りすらせずに裁判になってしまったので、その事実を裁判記録に残して今後その人間へいかにサポートして行くかを考える時間の為です。


検事に質問されましたよ。


「幻覚幻聴が薬物が原因ではないと思う根拠はなんですか?」


私はこう答えた。


「私は薬物addictですが、幻聴幻覚を見た事が有りません。薬物犯罪者全てが幻覚幻聴を見ない事を私自身の体験で理解していて、10人が10人幻覚幻聴を見るものではないからです。」


裁判官、検事共に一瞬目が点に( ̄^ ̄)


人間だもん、みんなが一緒だと思うなよ〜的な( ^∀^)


私はハンパない薬物addictだったけど、現在回復中でクリーン状態。


役10年近くの回復中。

そりゃ、いつ戻るかわからないけど、誰かをサポートしている限り戻る事はない。


薬物依存性から共依存に替わったのだ。

旦那、ヤクザを辞める。

旦那はヤクザ稼業に限界を感じ、10年間の2度目のヤクザをスッパリやめた。


子は居ない、兄貴だけのヤクザ稼業だったが本人はやり切った感で一杯だった。


私は別にヤクザの嫁をふりかざす訳も無く、静かに生きてきたから何も変わらないままでした。


ヤクザを辞めると同時に、夫婦で薬物依存性との闘いが始まったのだ。


電話番号を変え、その「友人」との縁を切ってリセットした。


今もその闘いは続き、7年経った今も私達夫婦は依存性との闘いを諦めては居ない。


私は受刑者と社会復帰者を支援するNPOにボランティアとして参加することにした。

自分が人をサポートする側に立つ事で、自分を見失わない事にした。

自分との闘い

私はNAを使った12ステップで回復して居る訳ではない。


完全自力なんです。

ダルクの危うさを聴いて居たから偏見を持ち、自分で薬物依存性から抜け出す事を考えました。


カラダはポロポロ、血管はボロボロ。

頭も心もボロボロ。

苛立ちから、髪の毛を無意識に抜く。

薬物に対する無力感で一杯になった。


そして同じ依存性の旦那との会話も成立しなかった。

旦那はずっとイライラし、物や私にアタリ続けた。

壁を殴る、些細な事で私を怒鳴るし殴る。


最悪な夫婦だった。